心に大きな負荷がかかると
心を守る為に多角的な見方をするものなのかもしれません
気付いたら哲学者?みたいな小難しい事を
毎日考えるようになります
それは、自分の中で解決出来ないような
大きな問題へと変換されます
自己の問題から社会問題へ
正直、社会の事を考えてる暇があるなら
自己の問題解決への糸口を見つけ出したいところ
ですが、地下にいると天に居るより黒い部分が見えやすくなるもので
ルール とか 損得 とか
世間で蔓延しているルールや法が
守る為のものから損得勘定にシフトしている
逃げ得がどうこうという記事を見た時
ルールの元で、あたかも逃げなかった者が得するかのような表現に見えてしまいます
逃げた者が得をすることは許されない
逃げなかった者だけが得をする
事と次第によっては印象操作になります。
逃げないのが当然
逃げるのはアカンこと
たったそれだけの中に損得を盛り込むんですね
自己責任や承認欲求など
他者を切り離して自己の正義や欲に歪むのが
個の世界であれば修正は可能かも知れません
しかし
それが集合意識の中で「一般的」な風潮になったらどうなのか……
さあ、答えは何処にあるのやら……

